もりもりもりし10月11日読了時間: 1分気持ちの変化僕は末っ子の家に来るまでは子供が嫌いだった。 子供はわがままで自由な感じがしていた。けれども、末っ子の下の子と接する内に、子供が好きになった。今は子供のためにも絵を描き続けたいとも思っている。 末っ子の子を僕の絵を通じて喜ばせたいと思う。こんな叔父やけど面白い絵を描くってこ...
もりもりもりし10月11日読了時間: 1分偏見で満ちた自分年齢を理由に何もしない人。 人の作品ばかり見て、何もしない人。 僕は個人的にこういう人は好きじゃない。 作品を作るのなんて簡単じゃない。 何もない自分が好きじゃない。 そういう自分が好きじゃないから作品を作り続けているというのも否定できない。...
もりもりもりし10月11日読了時間: 1分醤油ご飯「コン、コン、コン」 とお料理をしている音が聞こえる。 僕がサポート関西での仕事を終え、家(末っ子の家)に帰り着替えを済まし、2階のリビングでくつろいでいる時に、大抵末っ子の奥さんが子供を連れて帰ってくる。 子供はまだ幼稚園に通っていて、大抵奥さんが子供を迎えに行く、僕が早...
もりもりもりし10月11日読了時間: 1分サポート関西での仕事サポート関西でのお仕事はさまざま。 基本は図面を書いたり・報告書をまとめたりといった事務系の仕事が多かったが、現場作業員として現場で働くこともあった。できるだけ柔軟に対応したかった。 お金のことをいうと、野洲では日給だったが、サポート関西では時給だった。もちろんサポート関西...
もりもりもりし10月10日読了時間: 1分サポート関西へ僕は職長として野洲で仕事をしていて初めはとても忙しかったけれども徐々に仕事量も減ってきた。寝てる時以外は仕事をしているって感じだったけれども徐々に仕事量が減ってきたので趣味の時間も取れるようになってきた。ちなみに僕の趣味は英語の勉強と絵を描くこと。今は、絵を描くことが仕事に...
もりもりもりし10月10日読了時間: 1分理想僕は、末っ子の家に居候しながら生活を送るという日々を送っていた。 僕がなぜ狭い境遇の中で、仕事の時は4時起きという過酷な生活を送っていたのか、それは定住先を作りたくなかったというのが一つの答えだろう。 やけどを負ってやむなく日本に戻ったもののまた何処か海外に住みたいという気...
もりもりもりし10月10日読了時間: 1分新日本美風という会社の中で僕は職長という立場であったが、報告書の精度をあげるためにもよく現場作業を行っていた。 僕はパソコンをいじいじするよりも、現場作業が好きだった。周りからはパソコンばっかやって楽でええなあって言われることが多かったけど言い返す事はできなかった。...
もりもりもりし10月10日読了時間: 1分僕の収入源僕は、末っ子の家に住んでいた時、新日本美風という設備会社に勤めていた。 現場の仕事もたまにあるのだが、基本的には事務の仕事をしていた。 上司がお客さんとの仲介をしてくれていて、僕は特に人とのコミュニケーションは苦手ではなかったけど、上司がお客さんとのコミュニケーションがより...
もりもりもりし10月10日読了時間: 1分奥さんの料理末っ子の家の最寄り駅は地下鉄都島駅から徒歩10分くらいのところで、赤川というところだった。 末っ子の家は3階建の1軒家で2階がリビングになっていた。 朝ご飯や昼ご飯は個々に食べていたけれども、晩ごはんは基本的に末っ子の奥さんが作ってくれていた。...
もりもりもりし10月7日読了時間: 1分新たな日々へ《やけど治療後》僕は、新たな日々を求め、末っ子の家に潜り込んだ。 末っ子は僕より6才下で、20才で結婚をし翌年子供を授かった。 末っ子は、僕に似て自由人で人懐っこかった。 家は分譲の一軒家で三階建てであった。 一階はトイレと物置部屋しかなく、物置部屋は使っていなかったので、僕は毎月幾らかお...